背景
建設コストの 構成要素
著者:ティファニー・エメット、プロジェクト・ディレクター
建設資材・投入コストは、この1年で引き続き安定化が進んでいます。パンデミック以降、業界全体で強化されてきた耐性が高まり、他の世界的なショックによる影響を一定程度抑制しているためです。しかし、その一方で、コスト上昇圧力を生み出す要因には根本的な変化が見られます。資材価格の広範なインフレは大幅に落ち着いたものの、慢性的な労働力不足やエネルギー価格の変動リスクが、新たなコスト圧力として存在感を増しています。その結果、建設コストを左右する要因は、国際的なサプライショックに起因するものから、より地域特性が強く、セクター固有で、かつ構造的に定着したものへと変化しています。

DRIVING
労働力
現在、建設コスト上昇の最大の要因となっているのは労働力の確保であり、世界の建設市場における構造的な制約となっています。世界全体では、77.7%の市場が「労働力不足」または「深刻な労働力不足」の状態にあり、「需給が均衡している」と回答した市場は16.1%にとどまります。一方、労働力に余剰があると報告した市場は6.0%未満に過ぎません。 多くの先進国・高所得国では、労働力不足が広範囲に及んでいます。オーストラリアおよびニュージーランド(ANZ)では、すべての市場(100%)で労働力不足が報告されており、欧州でもその割合は93%を超えています。北米では約79%の市場が労働力不足または深刻な労働力不足の状態にあり、人材供給の制約や移民政策の影響がその背景にあるとみられます。
図2:
地域別の建設労働力の確保状況
大半の市場では労働力不足は「深刻」というより「顕著な不足」と分類されるものの、その状況はすでに恒常化しており、複数のセクターにおけるプロジェクト遂行を制約する要因となっています。その結果、以下のような影響が生じています。

人材確保に要する期間の長期化

賃金上昇圧力の高まり

下請企業・専門工事業者による案件選別の厳格化

入札参加意欲の低下
重要なのは、これらの制約が一過性ではなく、構造的な性質を持つという点です。多くの先進国で進む人口高齢化に加え、重要職種における技能人材の不足や、一部地域での移民政策の厳格化が、その主な要因となっています。
さらに、市場間の賃金水準の差は労働力の流動性に継続的な影響を及ぼしており、地域間における人材供給の偏在を生み出しています。
職種別の労働力確保状況
建設業界の人材不足は、もはや業界全体の人数不足ではなく、特定の専門職種への需給逼迫という形で顕在化しています。とりわけ、機械設備、電気設備、デジタルインフラ関連の技術者や技能者は、データセンター、物流施設、先端製造施設、インフラ分野における継続的な投資拡大を背景に、高い需要が続いています。 こうした専門人材の不足は、施工能力やプロジェクト遂行力に直接影響するため、人件費の上昇だけでなく、工期遅延や供給能力不足といったリスクにもつながっています。 また、今後の見通しについても楽観的な見方は少なく、人材不足は引き続き建設コストとプロジェクトデリバリーの両面に影響を及ぼす構造的課題であり続けるとみられています。
人件費
世界の建設業界における人件費水準は、市場ごとに大きなばらつきがあります。スイスは依然として世界最高水準の建設労務費を維持しており、高賃金、高い生活コスト、手厚い労働保護制度がその要因となっています。 米国も高コスト市場に位置付けられますが、都市間で賃金水準に大きな開きがあり、地域差が顕著です。 また、こうした賃金格差は労働力の流動にも影響を与えています。特に近接した市場間では、人材がより高い報酬を求めて移動する傾向が見られます。例えば、オーストラリアの高い賃金水準はニュージーランドからの労働力流入を引き付けており、その結果としてニュージーランドの一部地域では人材供給の逼迫が続いています。
インプットデータ
資材

建設資材価格の上昇ペースは全体として落ち着きを見せており、多くの市場では価格上昇率が1~5%の範囲に収まっています。コロナ禍後に見られた急激な資材インフレは沈静化し、市場はより安定した価格環境へ移行しつつあります。 ただし、コスト上昇の動向は費目ごとに一様ではありません。特に、機械設備・電気設備・給排水衛生設備(MEP)分野では高いインフレ圧力が続いています。これらの設備は、電力、照明、空調からプロジェクトのITインフラまで、多岐にわたる機能を担っています。複数の市場では、MEP関連資材の価格上昇率が5.0%を超える水準に達しています。その背景には、データセンター市場の急拡大による需要増加に加え、住宅・産業部門における電化への移行が世界的に進展していることがあります。
対照的に:
・コンクリートや基礎資材の価格は概ね安定 ・構造用鋼材の価格は落ち着きを見せており、一部の市場では小幅な価格下落も報告されている。
こうした差異は、資材全般に及ぶ広範なインフレから、需要主導型かつセクター固有の価格上昇圧力へと移行していることを示しています。特に、技術的な複雑性が高い分野でその傾向が顕著です。
今後を展望すると、資材コストに対するリスクは、システム全体に起因するものよりも、外部要因によるものが中心になりつつあります。一方で、エネルギー市場への依存度の高さは、新たなリスク要因となっています。例えば、 ・原油・エネルギー価格の上昇 ・輸送費・物流コストの増加 ・石油化学原料価格の変動
こうした要因により、現在はコスト安定化の傾向が見られるものの、再びコスト上昇圧力が強まる可能性があります。
図5:
主要建設資材の価格動向比較(2025年・2026年)
レジリエンス
サプライチェーン
グローバルサプライチェーンは、調達先の分散化や戦略的な在庫確保、代替調達手段の整備などを通じて、ここ数年で大きく強靭化してきました。その結果、世界的な混乱や不確実性が生じた場合でも、供給網全体の影響を抑えることが可能になりつつあります。

企業は近年、不安定な国際貿易環境やエネルギー市場の変動を前提とした事業運営に適応を進めてきました。その結果、直近の外部ショックによる影響は以前ほど大きくはなっていません。しかしながら、多くの地域では依然として一定程度の調達遅延が見られます。 また、サプライチェーンを取り巻く課題の性質も変化しています。かつてのような広範な供給網の混乱ではなく、現在はより限定的かつ特定分野に集中した制約が課題となっています。 具体的には、
- 主要な建設資材については、比較的予測しやすいリードタイムで調達できる状況にあります。
- 一方で、専門性の高いシステム機器やMEP(機械設備・電気設備・給排水設備)関連機器では、依然として長い納期が続いています。
地政学リスクによる影響は、以前のように市場全体へ広く及ぶものではなく、特定の資材や輸送ルートに集中する傾向が強まっています。現在は、直接的な供給停止というよりも、以下のような間接的な影響を通じて建設市場に影響を与えています。
- 物流および輸送の遅延
- 輸送コストの変動
- エネルギー価格の変動
「これは、サプライチェーンのレジリエンス(強靭性)が向上する一方で、市場の分断化が進んでいることを示している。混乱は特定の分野や地域に局所化しているものの、継続的に発生している状況に変わりはない。」
圧力
地政学的リスク
地政学的な不安定性は、引き続き建設コストに影響を及ぼしており、とりわけエネルギー市場を通じた影響が大きくなっています。最近の中東地域での紛争は、建設コストが原油や天然ガスの供給状況および価格変動にいかに敏感であるかを改めて浮き彫りにしました。
エネルギー価格の上昇は、以下の分野へ波及します。
資材製造コストの上昇 輸送・物流コストの増加 建設機械・設備の運用コスト増加
総じて見ると、現在の建設コストを左右しているのは、もはやグローバルサプライチェーンの混乱ではありません。むしろ、慢性的な人材不足という構造的課題、特定セクターに集中する需要、そしてエネルギー価格や地政学リスクへの影響度が主要な決定要因となっています。
「過去の局面とは異なり、エネルギー価格の急変による影響は、広範かつ一律に現れるのではなく、主として間接的かつ市場ごとに異なる形で現れると見込まれている。その影響の大きさは、各市場のサプライチェーン構造やエネルギー依存度によって大きく左右される。」

著者
ティファニー・エメット ANZ プロジェクト・ディレクター、建設経済部門責任者
